トネ・コーケンの小説「スーパーカブ」はぼくには眩しすぎた

トネ・コーケンさんの小説「スーパーカブ」を読みました。

小説のタイトル通り、カブを通して物語が展開されます。

仕事仲間としてのスーパーカブや趣味性の高い乗り物としてのスーパーカブ、そしてリトルカブやクロスカブのようなカブシリーズが登場するなど、日常に溶け込んでいるカブの様々な一面が見れるので、読んでいて楽しいです。

全体としては地味で淡々と物語が進むのですが、ぼくには眩しすぎる物語でもありました。
目を背けたくなることを突きつけられるような感覚があり、それが棘でもあり眩しい光でもあるといいいますか。

ぼくは小説版を読みましたが、漫画版も発売されています。

 

原付バイク初心者のころの気持ちを思い出してグッとくる

トネコーケンの小説スーパーカブ

小説「スーパーカブ」は、バイク初心者のころの気持ちを思い出させてくれる作品です。

乗り始めスピードを出すのが怖かったり、雨や冬と向き合わなければいけなかったり…そしてそれらをひとつずつ乗り越えていくところに、「あ〜、俺にもそんな時代があったなあ」と感慨深くなります。

逆にバイク初心者の場合は、現在進行形で登場人物たちの気持ちを追えるので、感情移入いやすいかと思います。

文体は地味だけど眩しい物語

アニメ化されて話題になった漫画に「ゆるキャン△」があります。
ぼくはアニメを見てキャンプをはじめ、原作も買いました。

※アニメ「ゆるキャン△」は2018年7月現在、アマゾンプライムビデオで無料で見れます

 

「女子高生×趣味」の組み合わせは鉄板なのかなあと思いましたが、小説「スーパーカブ」に関してはちょっと方向性が違うのかなあと。

女子高生が中心キャラのアニメやラノベは、キラキラしていてノリがいい作品が多い印象があります、ぼくの中では。

でもトネ・コーケンさんの小説「スーパーカブ」は、一言でいうとすんごい地味。
「見た目は女子高生、頭脳はおっさん!その名は、カブ乗り小熊!」と言わんばかりの雰囲気です。

巨大な敵が攻めてくるわけでもなく、胸がキュンキュンするラブコメ展開があるわけでもなく、カブを通していま自分が必要なことに淡々と向き合っていく、そんな地味で親父な物語。

でもそんな地味な物語の登場人物たちが、ぼくにはすごく眩しく感じました。
そこまで自分にとって必要なこと、大事なことにまっすぐと向き合うことはなかなかできないですから。

自分がこれからなにをすべきか、そしてなにがしたいのか。

自分と向き合うことから逃げて、どうでもいいことに時間と労力を費やしてしまうことが多々ありました。

ここ数年です、自分と向き合うようになりはじめたのは。
世間の声を言い訳にして、自分から逃げてばっかりで、ただそつなくなんとなく生きてるだけ。

というか、そもそも自分にとって必要なことに気づくことすら難しい気がします。
だって日本国民の99%には関係のない芸能人のゴシップを嬉々として観る人がたくさんいるんだもの。

数年前まではぼくはそっち側でしたが、自分と向き合い始めてからはゴシップへの興味が嘘のように消えていったことを覚えています。
それと同時に、いままで付き合ってきた友だちとまったく話が合わなくなって、疎遠にもなりました。

現状ぼくは友だち0人です。

小説「スーパーカブ」の登場人物は、みんな自分にとって大事なことにちゃんと向き合っていて、だからこそ「その他」のクラスメートとは相容れないんじゃないかと感じました。

なので、自分とはまったく関係のないどうでもいいゴシップが大好きな人にとっては、目を背けたくなる棘のような物語かもしれません。

まとめ:トネ・コーケンさんの小説「スーパーカブ」はとにかくグッとくる

ぼくはいまホンダのジャズという30年前の原付バイクに乗っています。
ジャズに乗ってキャンプに行ったりするので、荷物の積みやすい原付をもう一台買おうかなあとぼんやり思っていのですが、たぶんスーパーカブ買っちゃいますね(笑)

それぐらい「カブに乗りたいなあ」と思わせてくれました。

次の記事へ>>>水曜どうでしょうに憧れ原付で「東京→HTB」目指した旅漫画がおもろい

スーパーカブ2巻のレビューでキャラの性格が悪くなった、と低評価のレビューがついてますが、ぼくには性格の悪さなんて微塵も感じませんでした。

 

コメント